
観光大国を目指す日本で、外国人観光客の増加に伴い「白タク」と呼ばれる違法タクシー営業が問題となっていますが、最近では摘発を逃れるために「名義貸し」という新たな手法が広がっています。特に中国人観光客向けのサービスにおいて、正規の緑ナンバープレートを借用する事例が増加しており、国土交通省も把握していなかったグレーゾーンの実態が明らかになっています。
白タクから名義貸しへ ―進化する違法営業の手口
「白タク」とは「白タクシー」の略で、タクシー営業に必要な許可を受けずに自家用車で営業している違法タクシーのことです。一般的に営業許可を受けているタクシーが緑のナンバープレートを使用するのに対し、白タクは一般の自家用車で使われる白いナンバープレートを装着していることが名前の由来となっています5。
これまで日本各地の空港や観光地では、中国人観光客を対象とした白タク営業が横行してきました。中国語の配車アプリを通じて予約から決済までインターネット上で完結するため、摘発が難しいという課題がありました19。実際、2023年には関西空港周辺で中国籍の50代夫婦が実質的に白タクグループを経営し、1年間で約3100万円を売り上げていた事例が報告されています20。
しかし最近では、「リスクのある白タクの時代は終わったよ」という声が上がるほど、営業形態が変化しています。中国系ドライバーたちは摘発リスクを回避するために、緑ナンバーの「名義貸し」を利用するようになりました817。
緑ナンバー名義貸しの仕組み
名義貸しの仕組みは巧妙です。ドライバーはまず自分で車両を購入またはリースし、ハイヤー会社に形式上”所属”する体裁を整えます。ハイヤー会社がその車両を運輸局に申請すれば、正規の緑ナンバーが交付されます。その後、ドライバーは収入から決まった額をハイヤー会社に支払うのです17。
30代前半の中国人ドライバー(仮名:陳さん)は、「車は中古で買って、緑ナンバーは知り合いのハイヤー会社に月10万円払って借りている状態。リスクのある白タクの時代は終わった」と証言しています8。
実際に中国のSNS「小紅書」では「緑ナンバーを貸します」という業者の投稿が見られ、月に8万〜15万円で貸し出すという内容が確認されています。ある業者は「月8万円で緑ナンバーを貸す」と公言しているほか、「二種免許(旅客運送に必須の免許)がなくてもOK」と答えるハイヤー会社も存在しており、明らかに違法性の高いビジネスが横行しています8。
グレーゾーンを行き交う名義貸し
この名義貸しは完全に違法というわけではなく、グレーゾーンと言える状態です。自動車関連に詳しい都内の行政書士は「要件を満たした上で緑ナンバーを登録してもらう場合でも、ドライバー側が会社にお金を払うのはかなり不自然です。合法とも言えますが、グレーな状態ですね」と指摘しています8。
国土交通省が示している名義貸しの判断基準には、「雇用関係」「経理処理関係」「運行管理関係」「車両管理関係」「事故処理関係」の5項目があり、タクシー事業の事業主体として負うべき危険や責務を他人に負わせ、実質的に他人が事業を営んでいるか否かを判断するとしています2。
千葉県トラック協会の資料によれば、「運転者との雇用(派遣)契約が締結されていない」「運転者について、固定給又は保障給等一定の保障された給与の支払いがない」「運転者について、社会保険料及び雇用保険料控除並びに源泉徴収が行われていない」「就業規則及び服務規律が定められていない」などの場合、名義貸しに該当するとされています10。
さらに深刻化する違法行為
さらに驚くべきことに、名義貸しを超えた明らかな違法行為も確認されています。「小紅書」では、男がドライバーを用いて緑ナンバーを取り付ける動画が投稿され、「東京でナンバーを共有しよう」と書かれていたものもありました。この動画は、明らかに民間の駐車場でナンバープレートの付け替えが行われており、正規の手続きでは運輸局でしか行えない作業が違法に行われていました8。
「名義貸しで得た1枚の緑ナンバーを自分たちで付け替え、仲間内で使い回すケースも実際にあるようです。さらにSNSを見ると、緑ナンバーの車をレンタカーとして貸し出す業者や、緑ナンバー付きの中古車を販売する業者までいます」と中国人事情に詳しいライターは指摘しています8。
当局の対応と今後の課題
こうした状況を国土交通省の自動車交通局旅客課に問い合わせたところ、「(勝手な付け替えや要件を満たさないケースは)名義貸しにあたり、道路運送法で禁止され、貸した側も借りた側も3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金となります。また貸した側は事業停止30日間の行政処分となります」と回答しています8。
しかし、こうした緑ナンバーの名義貸しの実態は当局も十分に把握できていないようです。銀座や新宿などの都心部では緑ナンバーを付けたアルファードやハイエースのハイヤーが増加しており、中にはハイヤーに向かない大衆ミニバンにも緑ナンバーが付いていることもあります17。
国際観光の増加に伴い、合法的なタクシー・ハイヤー業界と違法営業の境界線が曖昧になりつつあります。日本のタクシー業界にとっては、正規のサービス提供者として安全性や信頼性を確保しつつ、増加する外国人観光客のニーズにどう応えていくかが今後の課題となっています。
おわりに
白タクから緑ナンバーの名義貸しへと進化する違法・グレーゾーン営業の実態は、インバウンド観光の拡大と共に生まれた新たな課題です。言語の壁や文化の違いを超えたサービス提供の在り方や、既存の法規制との整合性など、多角的な視点からの対応が求められています。
当局による取り締まりの強化だけでなく、外国人観光客への啓発活動や、合法的な多言語対応サービスの充実など、根本的な対策が必要とされているのではないでしょうか。